もう2月後半ですが、アップしそびれていた2026年1月2日(金)の記録です。
2025年の大阪・関西万博を終えて、ふと「1970年の大阪万博はどれほどの規模だったのだろう」と気になりました。入場者数も当時の方が圧倒的に多かったと聞き、実際にどんなものだったのか知りたくなったのです。
ちょうどEXPO’70パビリオンが新年は2日から開館しているとのことで、当時を知る父を連れて行ってみることにしました。
アクセス
万博記念公園は入園料が必要なので、まずはパスを購入して入場。
さっそく太陽の塔がお出迎えしてくれます。

その姿を横目に右手へ進み、橋を渡ると今回の目的地・EXPO’70パビリオンが見えてきます。
ここはさらに別料金なので、受付で入館料を支払い展示エリアへ。

ちなみに、同時開催の「EXPO’70パビリオン企画展 河森正治 創作展 ~万博・合体・変形・未来~」(開催期間:2025年9月6日(土)〜2026年3月1日(日))にも別料金で入場可能です。
ただ、2025万博の川村さんのパビリオン「いのちめぐる冒険」で「超時空シアター」「ANIMA!」「リアリティ展示」「宇宙の窓」と一通り体験していたので、今回はパス。いや、夕方に来て時間がなかったというのが正直なところです。
パスはしたものの「超時空シアター」で流れていたサウンドが通常展示側にも少し漏れ聞こえてきて、なんだか懐かしい気持ちになりました。

いざ展示エリアへ
展示エリアに入ると、太陽の塔周辺の模型がまず目に入ります。
先ほど見た本物の太陽の塔を思い返すと、当時は本当に広大なエリアに、今見ても斬新なデザインの施設が並んでいたことがわかります。
このほかにも、会場内を再現した模型がいくつかありました。父はそれを見て思い出しながら説明してくれたので、よりリアルな感覚になりました。

やはり1970年万博の方が“未来感”は強かったのかもしれません。
2025年万博の目玉である大屋根リングは、従来工法を現代技術で巨大化した、いわば「清水寺の舞台を2kmに伸ばした」ような構造です。一方、1970年万博は太陽の塔を包み込む巨大なシルバーの鉄骨屋根が象徴的で、未来的な存在感がありました。
さらに奥の展示へ進みます。
大きな鬼の金棒のようなものが置いてあると思ったら、なんと’70EXPOの「カギ」だそうです。これで開幕したのでしょうね。

当時の入場料は800円。
男子の平均給料が約2万9,000〜3万円台前半だったとのことで、今の感覚だと8,000円くらいでしょうか。そう考えると、2025万博の1日パスと同じくらいの位置づけかもしれません。
通期パスはなく、少し割引の効いた5回分の回数券があり、5人同時に入場する使い方もできたとのこと。

そして驚くべきは総入場者数6421万人超え、1日最大83万人超えという規模。2025大阪・関西万博は2557万人、1日最大24万人なので、その差は圧倒的です。

展示の目玉の一つ、リアルな大きさで鉄鋼館の内部再現もありました。

1000を超えるスピーカーから音楽が流れ、レーザー光線と組み合わせたショーが行われていたそうです。

近くにはスピーカーのレプリカも展示されていて、丸い小さな穴がツィーター、大きい穴が中低音域、四角い穴がバスレフダクトなのかな、と観察するのも楽しい。

展示はどれも情報量が多く、一つ一つ丁寧に見ていると半日は軽く超えそうです。

当時の各パビリオンを紹介するコーナーもあり、参加国の多さに驚きました。
とても全部は見切れません。

ワープできそうな不思議な空間。

抜けると、当時のパビリオンの制服が展示されていました。

さらに当時のスタンプも並んでいて、まるで1970年の世界へワープしたような感覚になります。
当時の太陽の塔の顔も展示されていました。現在の太陽の塔に付いている顔は再生されたレプリカで、こちらが当時物。

直径10m以上あり、間近で見ると圧倒されます。
説明書きによると、黄色い部分は塩化ビニール製のフィルムとのこと。
フィルム技術の進歩に驚かされます。

会場内にあった「手の椅子」も当時物で、実際に座ることができます。

私も当時は写真の子どもくらいの年齢だったのかもしれません。

1970年万博がきっかけで広まったものの展示もありました。
ヨーグルトは2025万博のブルガリア館でも話題になっていましたね。

ここに書いたの一部で、実際はもっと多くの展示がありました。
ゆっくり出かけたので時間切れ気味でしたが、常設展示ですので、機会があればまた訪れたいと思います。